2024年1月7日 礼拝説教 「賜物を生かして」

聖書: マタイの福音書 2章1~12節

Ⅰ.はじめに

 新しい年をどのように迎えられたでしょうか?新年最初の主の日、ライブ配信でご一緒に礼拝している方々も含め、ともに主を礼拝できる恵みを心から感謝します。この年も、日曜日、イエス様が復活されたことを記念する「主の日」に、毎週の礼拝を続けられますようにと心から願います。毎週集まれることが決して当たり前ではないことを、私たちはコロナ禍で経験しただけに、これは私たちの切実な願いではないでしょうか。また、礼拝に自由に出席できる期間というのは、人生のうちで思うよりも少ないかもしれません。礼拝に行けることは、価値のある貴重なことではないでしょうか。昨日1月6日(土)は、キリスト教会の暦では「公現日」と言って、東からの博士たちがイエス様を礼拝したことを覚える日です。イエス様がユダヤ人以外の異邦人にご自身を「公」的に「現」わされた「日」なので「公現日」と言います。体力や時間や多くの犠牲を払って礼拝に行こうと思った人々の姿をともに見ましょう。

Ⅱ.みことば

1.遠くからの礼拝者(マタイの福音書 2章1~2節)

 その人々がやって来たのはいつでしょうか?1節を読みましょう。「ヘロデ王の時代」とは、紀元前37年~紀元前4年です。その時代にイエス様は、ユダヤの都エルサレムの南8kmにあるベツレヘムという町でお生まれになりました。西暦の数え方は、イエス様の誕生の年を元年としていますが、数年の誤差があるようです。イエス様が生まれたのは紀元前6年~紀元前4年頃と言われ、その人々は東の方から、おそらく当時のバビロニアの方、今のイラクあたりと思われますので、1000km以上も遠くからやって来たのでした。

 この「博士たち」(1節)とは何者なのでしょうか?2節を読みましょう。「星が昇るのを見たので」(2節)とあることから、彼らは星の研究者ではないかとか、星占いをする人々ではないかとも言われます。いずれにせよ神様に選ばれたユダヤ人ではなく、神様からは遠く離れていると当時思われた人々です。その彼らが「礼拝するために来ました」(2節)と言うのは実に不思議、不可解です。「なぜ、東の国からユダヤの王様を礼拝するために、わざわざ来たの?」と聞きたくなります。一つの推測は、紀元前6世紀にユダヤ人が東のバビロニアに捕虜とされた時、その地の人々がユダヤ人からキリスト誕生についての『聖書』の預言を聞き、それが600年近くも代々伝えられてこの博士たちにも伝わったのではないかということ。そう考えると、ユダヤ人がバビロンに捕囚となったことで、ユダヤ人以外の異邦人が『聖書』に関心をもち、何百年もたって「礼拝するために来ました」と博士たちがやって来たというのは実に興味深いことではないでしょうか。彼らは、礼拝するために、時間も、体力も、財力も、危険な目にも遭うことなども犠牲を惜しまなかったのです。

2.賜物を生かさなかった人々(マタイの福音書 2章3~8節)

 キリストを礼拝する点で、東からの博士よりも立場が有利な人々がいました。それを神様から恵みとして与えられた「賜物」と呼ぶとすれば、それを生かさなかった人々です。

 第1は、ヘロデ王です。彼にはローマ皇帝からユダヤ地方の統治を任された権力がありました。首都ローマから見れば、中央から離れた辺境の地でしたが、実はキリストの誕生が約束された地だったのです。その賜物を生かせば、ユダヤ地方は真の意味で豊かになったことでしょう。しかし、ヘロデは自分の地位にこだわるゆえに新しい王の誕生の知らせに動揺し、礼拝に行くどころか殺そうと画策し、賜物を生かさなかったのでした(3,7,8節)。

 第2は、エルサレムの人々です。この人々に神様から恵みとして与えられていた賜物は言うまでもなく、その近さ、キリストが生まれる地元であったことです。行こうと思えば、すぐに礼拝できました。しかし、彼らはその賜物を生かさなかったのです(3節)。

 第3は、祭司長や律法学者たちです。彼らに与えられていた賜物は、『聖書』を読めること、知識としては知っていたことです。彼らはキリストがどこで生まれるかを知っており、ヘロデ王の質問にすぐに答えることができました(4~6節)。しかし、彼らはキリストが生まれたと知っても、礼拝に行こうとはせず、せっかくの賜物を生かしませんでした。

 今の私たちそれぞれに神様から恵みとして与えられている「賜物」とは何でしょうか?何らかの自分の立場やこれまでの経験でしょうか。教会への近さでしょうか。年齢や健康状態と共に変化もあるかもしれません。『聖書』を読めることでしょうか。自由に使える時間でしょうか。何にでも関心をもつことでしょうか。物事を深く考えることでしょうか。それらの賜物を、キリストとお会いし、礼拝するために生かせるようにと願います。

3.賜物を生かした人々(マタイの福音書 2章9~12節)

 それは、東の方からはるばる旅をして来た博士たちです。自分たちを先導する特別な「星」、ベツレヘムだと教えられたその情報源の『聖書』のことば、これらを信じ、与えられた「賜物」を生かしてベツレヘムへとやって来ます。10節を読みましょう。「その星」を見た彼らの大きな喜びとは、「星」がそこにとどまったからでしょう。「ここだ。キリストと呼ばれるユダヤの王は、この家におられるのだ」と感慨無量だったのではないでしょうか。

 それから彼らはどうしたか?11節を見ましょう。「家に入り」。この時は生後2年近く過ぎ、飼い葉おけのある場所ではなく、家に移っていたようです。「幼子を見、ひれ伏して礼拝した」。大のおとなが、しかも博士が、幼子の前にひたいをつけるようにして低くなり、礼拝したのです。そして彼らがささげたのは、黄金、乳香、没薬。これらは彼らの国でとれた価値ある物でした。すなわち、彼らの国ならではの、恵みとして与えられた「賜物」を、彼らはキリストにささげ、ささげることによってその「賜物」を生かして用いたのです。「黄金」は王に、「乳香」は神に、「没薬」は死者に用いられる物で、キリストが王であり、神であり、十字架で死なれることを象徴すると言われますが、彼らがささげた自分の国の価値ある物が意図せずしてそのような意味をもつささげ物となったのかもしれません。

Ⅲ.むすび

 コロナ禍に痛感した「礼拝に集まれる恵み」という賜物を、今一度思い起こしましょう。このあと、奉献のときに讃美歌548番の1節で「ささげまつるものはすべて み手より受けたるたまものなり」と歌います。私たちがささげるものはすべて、実は神様から受けた賜物なのです。あなたに与えられている賜物は何でしょうか。私たちのためにひとり子イエス様をお与えくださり、イエス様が私たちのために十字架で血を流し、ご自身をささげてくださった測り知れない恵みに応え、私たちそれぞれに与えられている賜物を主にささげて、生かして用いる1年とさせていただきましょう。

(記:牧師 小暮智久)