2024年2月18日 礼拝説教 「主の前に立つ」

聖書: サムエル記 第1 6章1~21節

Ⅰ.はじめに

 米国メジャーリーグの大谷翔平選手のことが、毎日のようにテレビなどで取り上げられています。それでも海の向こうの遠い存在だなあと感じていました。その大谷選手が全国の小学校に贈った6万個のグローブのうち3つが、すぐ近くの湯里小学校にも届けられたことを先日知りました。大谷選手の存在が、少し身近に感じられたように思います。

 この教会の礼拝では、『旧約聖書』の「サムエル記」を2022年1月から少しずつお聴きしていて、今日は久しぶりに昨年10月29日の続きの所です。時は紀元前1050年ごろ、所は西アジアのイスラエルとガザの今も戦いが続いているあたりです。今から約3000年前の遠い昔の出来事ですが、今の私たちに少しでも身近に感じられるように、みことばを取り次ぎたいと願っています。神様は今日、ここから何を語っておられるのでしょうか?

Ⅱ.みことば

1.どうしたらよいか(サムエル記 第1 6章1~6節)

 1節にある「主の箱」とは、主なる神様がそこにおられるしるしです。ペリシテ人という民族が、イスラエルの民と戦って勝ち、イスラエルから奪ったのでした。ところが、ペリシテ人たちに腫物(はれ物)ができるという病気が広がります。それは、主なる神様以外の、人が作った像を神として拝んでいたことに対する主なる神様の怒りのあらわれだったようです。2節をお読みします。神様の怒りをしずめ、疫病を去らせるために「主の箱」をどうしたらよいか、ペリシテ人は自分たちの祭司や占い師たちに相談したのでした。

 日本でも昔から、疫病や災害が起こると神々のたたりではないかと恐れられ、それをしずめるためにどうしたらよいか、考えられてきました。そのためのお祭りや儀式などが各地方にあり、それとよく似ているのではないでしょうか。

 ペリシテ人たちが考えたのは、どんなことでしょうか?3~5節をお読みします。「『神の箱』(主の箱)を送り返すなら、神に対して償いをする必要がある。その償いとは、金で作ったねずみのような形のはれ物の像を5つ、神へのみつぎ物としてささげることだ」というのが彼らの考えでした。「神に対して、何か償いとしてみつぎ物をささげれば赦される」という考え方は、日本にも昔からあるように思います。『聖書』という本は、実は、欧米的であるよりはアジア的であって、日本に住む人にはよくわかるのではないでしょうか。

 ペリシテ人の祭司や占い師の提案を受けた人々は、すぐにはうなずかなかったようです。それで6節のことばが続きます。ここで引き合いに出されているのはエジプトからイスラエルが脱出した「出エジプト」の出来事です。その出来事はペリシテ人にも知られていました。主なる神様が10の災いを送り「彼らに対して力を働かせた」のが事実であることを、イスラエルの民以外のペリシテ人が証言しているのは興味深いのではないでしょうか。

2.こうしたらどうなるか(サムエル記 第1 6章7~18節)

 これは疫病を退散させるためのペリシテ人たちの推測に基づく考えです。このようなことが『聖書』にそのまま書かれていることを、私は興味深く思います。というのは、『聖書』の「サムエル記」という文書が、約3000年前の当時の人々の考え方や文化の中で書かれたことを、リアルに示しているからです。彼らはこう考えました。「一台の車に2頭の雌牛をつなぎ、子牛と引き離して『主の箱』を引かせる。雌牛が本能に反して、子牛とは正反対の方へ行くなら、疫病を起こしたのは主なる神であり、本能のままに子牛の方へ戻るなら、疫病は単なる偶然だ」と(7~9節)。こうしたら、どうなるか。まるで実験ですね。

 今の私たちが目にするコマーシャルには「こうしたら、どうなるか」というのが多いように思います。例えば、「なんとかリンクル」という商品のお試しセットが届き、それを塗る女性が映ります。「こうしたら、どうなる?」と言って、次は鏡をのぞく場面。「そうきたかー」とにっこり。どうきたのか、想像におまかせしますが、効果があったのでしょう。

 さて、人々は雌牛2頭を車につなぎ、「主の箱」を載せて引かせます(10~11節)。どうなったか?12節をお読みします。雌牛は子牛の方ではなく、本能に反してイスラエルのベテ・シェメシュへの道をまっすぐに鳴きながら進みます。こうして、今回の疫病が偶然ではなく、主なる神様によるものだということがペリシテ人たちに明らかにされたのでした。

 それにしても、と私は考えます。「主なる神様を信じないペリシテ人たちが勝手に考えた『実験』のような方法に、主なる神様がこの時、付き合ってくださり、乗っかってくださったのは、なぜなのだろうか」と。それは、このときのペリシテ人の考え方に沿って、ご自身をあらわそうと働かれた主なる神様のへりくだりのお姿と言えるのかもしれません。

 その後、車はベテ・シェメシュという祭司の町にとどまり、レビ人たちは雌牛をささげ物として主にささげました(13~15節)。17節の地名は地図で確認していただきたい。その中の「ガザ」は今も戦いが続いているガザと同じです。「彼らが主の箱を置いたアベルの大きな台」(18節)は、この「サムエル記」が書かれた当時は「今日まで・・・にある」(18節)とある通り、誰でも確かめることができました。これらは本当の出来事なのです。

3.だれが主の前に立てるか(サムエル記 第1 6章19~21節)

 「主の箱」がイスラエルの地に戻って来ました。めでたし、めでたしで終わるのでしょうか。いいえ。19節をお読みします。70人が死にました。1000人に5人の割合で打たれた合計が70人ということは、ベテ・シェメシュの町の人口は14000人だったということでしょう。なぜ、主は人々を打たれたのか?「主の箱の中を見たからである」(19節)とはっきり書かれています。神様は、「主の箱」など聖なるものに触れることができるのはレビ人だけと言われ、「見て死ぬことのないように」と言われていたのです(民数記4:15,19~20)。

 このことを経験した人々はこわくなったのではないでしょうか。20節をお読みします。「だれが、この聖なる神、主の前に立つことができるだろう」という、当時の人々の実感のこもった恐れは、今の私たちにも必要ではないでしょうか。「聖なる神」とは、神様という存在が、ほかのすべてのものとは区別された絶対的な存在であることを意味します。この聖なる神、主の前には、だれも生まれつきのままでは立つことはできない。私たちはみな、神様によって造られたのに神様に背き離れてしまった「罪」にけがれているからです。では、どうしたらよいのか?答えは神様の側から。ヘブル7:25,9:11~14を読みましょう。

Ⅲ.むすび

 主の前に立てなかった私たちが、主の前で礼拝できるのは、キリストの十字架と復活のおかげです。このことを軽く考えてはなりません。イエス様を救い主と信じたなら、神様に大胆に近づき、自分の至らなさや思い煩いなどを率直にお話しできます。そして、そこに留まらず、私たちも「聖なる者」とされましょう(Iペテロ1:15-16)。

(記:牧師 小暮智久)