2021年5月16日 礼拝説教「確かな約束」

聖書: 使徒の働き 1章3~11節

Ⅰ.はじめに

 どのような1週間を過ごされたでしょうか?コロナ禍が長く続き、人と直接会って話す機会が極端に減ったように思います。会って話してもお互いにマスクをしたままで、表情がわからず、物足りなさも感じます。会社も在宅での仕事が増え、会議もスマホやパソコンの画面越しで必要最低限の事しかできない場合が多いのではないでしょうか。人と直接会って、必要なことだけでなく、どうでもいいような雑談や冗談も自由に言い合える状況となるようにと願っています。人とのそのような親しい関わりの中で、自分が問いかけられ、自分のくせや偏りに気がつき、自分が変えられていく経験を大切にしたいと願います。

 さて、今年は4月4日(日)がイースターで、イエス様が復活されたことを覚えました。それから40日間、イエス様は弟子たちと過ごされて、今年で言えば先週5月12日(水)が昇天日、父なる神様のみもとに、天に昇って行かれたのを覚える日でした。昇天日を過ぎ、私たちは今、イエス様の昇天とペンテコステ(聖霊降臨日)の間の季節を過ごしていることになります。今日は、イエス様の昇天の場面からともに、みことばをお聴きしましょう。

Ⅱ.みことば

1.聖霊についての約束(使徒の働き 1章3~8節)

 「イエスは苦しみを受けた後」(3節)とあります。苦しみとは、神様に対する私たち一人一人の背きの身代わりとなり、十字架で死んでくださったことです。それで終わりではありませんでした。3日目に復活されたのです。イエス様は確かに生きていることを弟子たちに示され、40日間、一緒に過ごされました。その期間にイエス様が語られたことは何か?

 それは「神の国のこと」(3節)です。「神の国」とは何か?イエス様を信じた人が死んだあとに迎えられる「天国」は、完全な意味での「神の国」ですが、それだけではありません。「神の国」とは「神様が愛によって支配し、私たちも神様と人々に対し愛をもって応答する場所」です。その意味での「神の国」は、イエス様がこの世に来られたことによって始まりました。まず、イエス様を救い主と信じる人の日々の生活に「神の国」は始まったのです。その「神の国」が完全な姿になるのが「天国」、イエス様が再び来られてから始まる「新しい天と地」においてであると言えるでしょう。それまでの間、「神の国」はすでに始まっていますが、完成への途上にあります。イエス様はこの「神の国のこと」を語られました。この「神の国」がイエス様を信じる私たちの生活に深く浸透するには何が必要でしょうか?また、「神の国」が私たちの身近な人に広がっていくには何が必要でしょうか?

 このあと、イエス様は「父の約束」(4節)と言われ「聖霊」(5節)のことを語られます。「神の国」が私たちに、また、私たちを通して人々に広がっていくために「聖霊」というお方が働いてくださいます。「聖霊」についてイエス様は何を約束されたでしょうか?

 ①その到来についての約束は、ヨハネ16:7にあります。イエス様が去るのは益で、去ると聖霊が来られるとの約束です(16:7)。②その働きについての約束は、ヨハネ14:26にあります。聖霊はイエス様のことばを思い起こさせてくださるとの約束です。25年以上前、当時は同じ教団、今は残念ながら離脱し単立教会となった大阪日本橋教会で副牧師だった時のことです。刑務所を出所したばかりの暴力団の一人だと言う人から「今から行きたい」との電話が教会にあり、恐れました。その後、来られましたが、14:27にあるように平安を与えられ、14:26にある通りにみことばを思い起こすことができ、対応させていただけました。また、ヨハネ15:26も聖霊(御霊)の働きについての約束です。聖霊というお方はイエス様について証しするという約束です。ですから、弟子である私たちに聖霊が与えられる時、私たちもイエス様を証しする証人となるのです(使徒1:8)。さらに16:13,14には、聖霊は真理に導き、イエス様の栄光をあらわすという働きをされるという約束があります。

 聖霊は、天地創造の前から、父と御子と共におられる神様です。そのお方が地上に来られ、弟子たちはイエス様の証人となると約束されています(使徒1:8)。「証人となるように努力しましょう」ではなく、「証人となります」という確かな約束なのです。イエス様を信じている人は聖霊を与えられており、すでにイエス様の証人とされているのです。

2.昇天が示すもの(使徒の働き 1章9~11節)

 イエス様の地上での最後のことば、それは8節です。聖霊についての約束、私たちがイエス様の証人となるという約束です。そう言われてから、イエス様は使徒たちが見ている間に、どのくらいの速さかは書かれていませんが、天に上げられて行きました(9節)。

 この昇天(「天に昇る」「昇天」とは書くのはキリストのみ、人の場合には「天に召される」「召天」と書く)は、私たちにどんなことを示しているのでしょうか?

 第1に、イエス様の昇天は、イエス様がすべての権力の上におられることを示しています。エペソ1:20~23を読みましょう。この地上には強大な国や指導者の権力がありますが、イエス様はそれらすべての上におられ、イエス様のことばやご命令が優先されるべきです。しかも、「使徒信条」で告白するように、「天に昇り、全能の父なる神の右に座し」、すべての権力の上におられるイエス様が、「かしらとして教会に与えられ」(1:23)たことは大きな恵み、励ましではないでしょうか。私たちは、このようなイエス様がかしらとして与えられた「教会」、「キリストのからだ」である「教会」の一員とされているのです。

 第2に、イエス様の昇天は、またおいでになる時と同じありさまだということを示しています。それは天を見つめていた使徒たちに、白い衣を着た二人の人が語ったことで明らかです。使徒1:11を読みましょう。イエス様は、天に昇って行かれたのと同じありさまで、必ずもう一度来られるのです。昇天は、再臨が必ずあるということを指し示しています。イエス様ご自身がそのことを約束されました。マタイ24:23~28を読みましょう。にせキリストが現われ、不思議なことが行なわれるなどが再臨のまえぶれで、その到来は「稲妻が東から出て西にひらめくのと同じように」(27節)、誰の目にも明らかだと言われています。マタイ24:29~31を読みましょう。太陽や月や星に異変が起きる中で、イエス様は天の雲に乗って来られると約束されています。マタイ24:36~37を読みましょう。イエス様が再び来られる日はいつか、それはだれも知りません。イエス様ご自身さえも知らず、「ノアの日と同じように」(37節)、洪水が突然起こったように、再臨は突然起きるのです。

Ⅲ.むすび

 コロナ禍の現実をはるかに超えて、私たちはイエス様の確かな約束の中で生かされています。イエス様を信じる人には、約束通り、聖霊である神様が与えられ、イエス様の証人とされています。今週の生活で、聖霊のお働きを身近に経験し、来週の聖霊降臨日を迎えましょう。聖霊は、イエス様の再臨を確かな望みとして待ち望ませてくださいます。

(記:牧師 小暮智久)